No Pain No Gain

40代無職独身ゲイ。それでも社会とゆるくつながっておかないと。

映画「WHITNEY」


WHITNEY Trailer #2 (2018) Whitney Houston Documentary, Music Movie

 

この数ヶ月、音楽もの映画を結構見た。クイーン、ガガ、マリアカラス、そしてホイットニー。普通のドキュメンタリー映画だけど、やっぱりホイットニーの日常が見れて、そこに才能が満ち溢れてるのが垣間見れただけでも、十分価値はあった。さらっと出る音がもうすごい。お母さんのシシーにも小さい頃から鍛えられ、もう圧倒的なパフオーマンス。

 

でも、これだけ光が強ければ影もすごい。パブリックな存在は世間の期待を一身に受けて、人々のファンタジーを体現しなければいけない。世間という力がさらに彼女に力を与えて、輝きをより強くする。それは更に影を濃く落とし、身直な人々は強烈に影響を受ける。彼女の娘さんもその後亡くなったけど、彼女なんてまさにその強烈な光の犠牲になって焼かれたんだと思う。それはもうホイットニーの母親しての責任がないとかそういうのとは全く別次元の、パブリックに生きる人生を歩んでいるホイットニーのその家族を支える体制、ものの配置というか、事柄の配置というか、彼女を取り巻いて成り立っていた経済的状況も含め、誰が悪とかではなく、誰かが何かを背負わなくてはいけなかったかもしれない。例えばじゃあ彼女が娘のためにその才能を弱める方向に動くのがいいのかといえば、パブリックはそれでも彼女に多くを要求し、パブリックこそがその熱望で娘の犠牲を払わせる。だって彼女の才能が世の中に共有されない方が、大きな仕組みの中では大事でしょ?For greater goodでしょ...っていうみんなの見えない力が一つになって、その悲惨な状況に置かれた娘さんはの人生は無視され続ける。

 

映画の中で、娘さんは過去にホイットニーをどうやって誰にも知られないで殺せるかと言っていたそうだけど、文字通り殺すという意味よりは、娘さん自身が生きる為に必要な行為だったんだと思う。お母さんの光が弱くならないと、一人の人間として自立して生きていくのは本当に並大抵のことではなかったんだろうと思う。そして、その状況がそう言わせていたんだと思う。

 

でも、この闇を垣間見つつも、随所に出てくる彼女パフォーマンスは、本当に圧倒的で、もう誰が見ても鷲掴みにされる。それはもう疑いようがない力で、しかも見た人全員が即座に理解できる、圧倒的な才能。ネガティブな部分はあるけれど、それでもこの圧倒的な才能、本当に神が宿っていたと思わせるパフォーマンスは、何か全てを通り越して、多くの人の心の深いところに届くのが感じられただけでも、見てよかった。

 

自分の人生で初めて買ったCDはホイットニーのこの曲でした。

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